2018.12.17要唱寺・斉藤大法住職/医師から僧侶へ、依存症回復支援の取り組み
埼玉県行田市にある要唱寺の斉藤大法(だいほう)住職は、医師を辞めて出家したという異色の経歴の持ち主です。心の病を科学技術的に治療するだけでなく、人を思いやり心から寄り添うことで治療したいという思いから、仏教の道へと進みました。アメリカでは、仏教と医療は密接な関係を持つことが認知されており、仏教の瞑想を医療に応用する動きが加速しています。
現在、恩送りメンバーとして依存症回復支援やカンボジア支援の活動に取り組む斉藤住職に、これまでの経歴や依存症について、そして今後の展望を伺いました。
精神科医を辞めて僧侶へ
「ある医師と尼僧さんとの出会いがきっかけで、医師から僧侶になりました。アメリカでは瞑想や祈りを医療に応用する流れが進んでおり、心から病気を治すことに注目が集まっています」
――今までのご経歴を教えてください。
中学生の時に難病を発症し、入退院を繰り返す生活を送っていました。高校3年生の時に病名が判明し、生きる希望を失い心が荒れ果ててしまいました。そんな時、ある医師と出会いました。静養をすすめる他の医師とは違い、その先生は「身体を大事にしなくてもいい、君が本当にしたいことをすればいい。」と言ってくださったのです。体調ばかり気にしていた私は大きな衝撃を受けました。そこからは心が軽くなり、同じ薬を飲んでいるのにも関わらず症状が軽快に向かいました。同時期に、親戚に紹介してもらった尼僧さんとの出会いがありました。彼女には病気平癒の祈祷をしてもらっていたのですが、それ以上に彼女の温かい人柄や思いやりに触れるのが楽しみで通っていましたね。この2人との出会いをきっかけに、心や精神も大切にする医師を目指したいと思い、精神科医になったんです。
しかし、いざ医師になってみると業績や論文で結果を出すことばかり求められ、精神性を追求できる環境ではありませんでした。そこで尼僧さんに悩みを相談しに行くと、ちょうど修業期間中でした。「修行に参加してみないか?」と誘われ、訳も分からぬままお経を唱える修業を始めました。すると、心が澄み渡り青空のように晴れやかな精神状態になったのです。高揚感に満たされ、このまま修業を続けたいという思いが湧き、ついに医師を辞めて僧侶となる決意をしました。
2006年からは約1年半、カンボジアに建立された日本のお寺の僧侶となり、ため池や道路、学校といったインフラの整備に力を注ぎました。2014年にはカンボジア支援プロジェクト(CEP)を立ち上げ、仏教を通じた心の育成でカンボジアの社会問題を解決し、発展を支える活動に取り組んでいます。
――医療と仏教にはどのようなつながりがありますか?
もともと、科学的な医療と精神的な宗教とは相いれないものと考えられていましたが、最近では量子力学者などによって霊魂の世界が科学的に研究されるまでになっています。瞑想状態、すなわち悟りを開いた脳の状態はすでに科学的に証明されており、アメリカでは瞑想を医療に応用する動きが進んでいます。
エリザベス・キューブラー=ロスというアメリカの精神科医は、人の死を研究する中で、死を受容するプロセスにはある特徴があると発表しました。※
これは仏教でいう悟りの境地、四諦八正道というプロセスと酷似しています。仏教では死ぬ間際ではなく、若く健康的な時にその悟りの境地へ到達しようという思想なのです。
※
➀否認:自分が死ぬのは嘘だろうと疑い、否定する
➁怒り:なぜ自分が死ななければならないのか、と周囲に怒りを向ける
➂取引:死なずに済むよう抵抗したり何かにすがりつこうとする
➃抑うつ:気分が落ち込み何もできなくなる
➄受容:最終的に自分が死に行くことを受け入れる
これらを経た心境によって新たな人生が切り開かれる段階に入る
トラウマを解放し依存症を克服
「依存症は幼少期に受けた虐待や過干渉といったトラウマが原因と言われます。私はお経を唱えることで心を解放し、生きづらさを自然と治癒していく活動に取り組んでいます」
――依存症への取り組みについて教えてください。
アルコール依存症、ギャンブル依存症、性的依存症。世の中には依存症に苦しんでいる方が数多くいます。彼ら、彼女らの多くは虐待やネグレクト、過干渉といった幼少期のトラウマを抱えており、そのトラウマを解放することで依存症を克服することができると考えています。
そこで私が取り組んでいるのが、『唱題プラクティス』という瞑想法です。「本当の自分になりたい」という意味のお経を唱えることで、トラウマや生きづらさ、人間関係の悩みを解放していきます。
人間の脳には、感情をコントロールする理性的な前頭前野と、不安や恐れ・怒りの中枢である偏桃体という部位があります。この偏桃体から前頭前野に走る神経線維の数の方が多いために、人の心は不安や怒りに駆られやすいのです。唱題プラクティスは前頭前野を鍛える効果があるため、神経回路が変容し、今まで囚われてきた固定観念を疑えるようになります。そして、客観的に自分の心を見つめることで不安に取り込まれなくなり、依存症からも解放されるのです。
このように、患者さん一人ひとりと向き合って心の問題を紐解き、依存症を改善するための取り組みを日々行っております。
――「恩送り」に参加された理由を教えてください。
「恩送り」は、協賛してくださる皆さまのお布施や寄付で、社会貢献している人や団体を支援するという仕組みをとっており、そこに共感しました。
依存症回復支援に関しても、いくつかのNPO団体が自助グループとして活動しているのですが、どこも継続していくための資金面で大きな課題を抱えています。これらの団体は病院だけではできないことに取り組んでいるため、「恩送り」を通して支援していきたいと考えています。また、カンボジアでの活動でも支援を続けていきたいと思います。
――今後の展望について教えてください。
今後、少子高齢化がさらに深刻化していくと、病院や施設に入ることのできない人が出てくると予測されます。そのため在宅医療の必要性が増していくことになりますが、その辺りの整備がまだ十分にされていないという現状があります。また、核家族化により人々の孤独が問題となっており、死後の不安も大きくなっています。
そこで、お寺と人々があたたかいつながりを深めることで、老後や死後の不安を解消していけるのではと考えています。信頼関係を築いてコミュニティを構築することで、安心できる社会になれば・・・と。永代供養墓 “みんなのお墓・恩送り” などはまさしく代表的な取り組みで、「恩送り」での活動を通して、お寺が人々の後見人となれる仕組みを作っていければと思います。
穏やかな笑顔と語り口の中に感じる強い意思が印象的だった斉藤住職。医療と仏教の関係性や、瞑想を取り入れた依存症回復の取り組みなど、普段なかなか触れることのできない興味深いお話を伺うことができました。
このような活動をされている斉藤住職が、「恩送り」のメンバーに参加してくださったことは、大変心強いことだと感じています。これからも恩送りは、社会活動に取り組む人々や団体を支援し、メンバーや皆さまの協力を得ながら成長していきたいと思います。
今回取材させていただいたお寺はこちら
宗教法人要唱寺
住所:埼玉県行田市下忍138-1
電話:048-553-0949