2018.10.25終末期がん患者と仏教

仏教を支えに最後まで 病院に常駐『ビハーラ僧』西本願寺

 5月中旬のある日、病院の中で読経の声が響いていた。亡くなった女性患者を前に、医師と看護師、そして僧侶が在りし日の思い出を語る。夫は「本人も満足して逝(い)ったと思います」と涙ながらに頭を下げ、正面玄関から見送られて遺体になった妻を連れ帰った。

∇年160人 終末期がん患者を看取る

 京都府城陽市の緩和ケア病棟「あそかビハーラ病院」では、終末期のがん患者を受け入れ、年間約160人をみとる。遺族が希望すれば行われる「お別れ会」の光景だ。

死を連想させる仏教を、タブーととらえる雰囲気はない。伝統仏教教団の浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)が母体となって運営しているからだ。

 大嶋健三郎院長(40)は「緩和ケア病棟は死を待つ場所ではなく、自分らしい人生を最期まで生き抜く場所だ」と強調する。

∇医師に死生観伝授

 関西では仏教が暮らしに溶け込んでいる。平成28(2016)年版宗教年鑑によると、関西2府4県の寺院数は1万6370カ寺で、関東1都6県を約3千カ寺も上回っている。伝統仏教教団の本山や仏教系の大学も多い。

佛教大(京都市北区)の研究員だった田宮仁(まさし)さん(70)は昭和60(1985)年、仏教を背景にしたホスピスとしてビハーラを提唱した。ビハーラはサンスクリット語で僧院や休息の場所などを指す。田宮さんは「より日本的なケアを模索し、患者自身が最期を迎えたいと思える場を目指した」と振り返る。

 これに呼応したのが、浄土真宗本願寺派だった。

 医療・福祉の分野で仏教徒が苦悩に対処することを「ビハーラ活動」と称し、62年から僧侶や門徒を育成。平成20(2008)年にあそかビハーラ病院(当時はクリニック)を開設すると、27年には「西本願寺医師の会」を立ち上げ、仏教の死生観を学ぶ場を医師に提供しはじめた。

∇日本人に根ざす 

 世界保健機関(WHO)は、緩和ケアが対処すべき苦痛のひとつに「スピリチュアルペイン」(魂の苦痛)を挙げる。

 なぜ自分ががんになったのか。生きていて何の意味があるのか。死んだら自分と家族はどうなるのか-。だれもが避けて通れないのに、だれも答えを出せない問題だが、あそかビハーラ病院にビハーラ僧が常駐する意義は、こうした苦痛を和らげる点にある。

 その人の人生や価値観に基づく物語を傾聴し、否定せずに受け止める。日常生活の援助や話し相手になることが、結果としてケアになるのだという。

 

 かつて寺院には、施薬院(せやくいん)や療病院といった薬局や病院が存在していた。それが現代の医療現場では、思い通りにならない生老病死(しょうろうびょうし)(四苦(しく))に焦点を当てる仏教精神が、死を目前にした患者に貢献できるとして見直されつつある。

 大嶋院長は「日本人の死生観に根ざした緩和ケアを実践するには、仏教と医療の融合が欠かせない」と指摘する。産経新聞より