2018.09.13【富山】「老いと死」、共に寄り添い支えようー宗教界に支援と関わり求めるー

とても興味深いニュースを拝見しました。

医学の発展や医療技術の向上などで平均寿命が延び、長生きできる社会(長命社会)になった。それは果たして「長生き=幸せな社会(長寿社会)」か? 希望通りの「幸せな人生の最終章」を迎えられる社会か……。

南砺市民病院の前院長で、現在も医師として現場に立ちながら、南砺市政策参与、地域包括ケア課顧問を務める南眞司氏は、在宅医療や地域包括ケアシステム構築に長年取り組んできた。しかし住民の「老いや死」への恐怖や苦悩の壁は依然高い。それを軽減、救済する一つの手立てとして欠かせないというのが地域の宗教界との結びつきだ。今回、南砺市の井波別院瑞泉寺で、僧侶と門信徒に支援と関わりを呼びかけることになった経緯や思い、そこに至るまでの病院や行政での取り組み、今後の課題や展望を伺った。

――まず、南砺市の概況と医療環境を教えてください。
2004年11月に4町4村が合併し、当時は人口約5万9000人だったのが、今は5万1289人(2018年7月末現在)に減少。3人に1人が65歳以上の高齢者で、高齢化率は約37%(65歳以上約1.9万人、75歳以上約1万人)と、急速に超高齢化が進んでいます。南砺市の高齢化は全国より20年、富山県全体より5年早いペースで進行しています。国立社会保障・人口問題研究所の人口推計によると、南砺市の65歳以上の高齢者の数は2018年頃をピークとして緩やかに減少、75歳以上も2025年頃を境に減少へ転じるとされています。64歳以下は2004年合併前より急激に減少し、独居・老々世帯、認知症高齢者が増加、家族の生活支援や介護の機能が低下することが予想されています。

町村合併当初は厳しい病院経営や医師不足から診療所の閉鎖や病棟休止で、市内の公立医療機関は一時医療崩壊の危機にありましたが、現在は、南砺市民病院と公立南砺中央病院のほか、南砺家庭・地域医療センター、平診療所、上平診療所、利賀診療所の4診療所があります。

――今回、瑞泉寺の夏の講座の一環として、8月1日に「自宅で穏やかな死が迎えられるまちづくり〜宗教界と共に幸せな人生の最終章をつくる」と題して、瑞泉寺の門信徒の方々に講話されました。ここに至るまでの経緯と思いは?
これまで地域医療の再生や在宅医療の基盤整備に関わり、今は行政の立場でも地域包括ケアシステム構築や、その目的である「地域共生社会」に取り組んできました。しかし、住民には老いや病いへの不安と死の恐怖があり、それに向き合うことを避ける心理が根強い。死生観とも絡む心の問題が「より豊かな終末期」を迎える大きな壁となっていることに気づきました。

高度医療で寿命を延ばし、地域包括ケアシステムなど物理的な支援体制が完成しても、死への恐怖・苦悩は解消されません。医療、医学が進歩する前から、老いや病い、死について、寄り添い、諭し、導き、救済してきたのは宗教界です。カギとなる心の問題に対応するには、心の拠り所となる宗教的観点からのアプローチが必要と感じました。そこで、南砺市に根付く真宗信仰の拠点である井波別院瑞泉寺に協力を求め、「支え合いのまちづくり」に宗教界も積極的に参加して欲しいと呼びかけました。私が顧問を務める地域包括ケア課に僧侶をしている職員がたまたまいて、輪番(浄土真宗における別院を統轄する役職)に紹介していただいた。これもご縁です。

――医師が寺院で講話をし、門信徒に「まちづくり」を呼びかけるということはあまり聞きません
まあ、ありえないでしょうね。私は単に、講座に来られた方々に話したのではなく、「自宅で穏やかな死が迎えられる社会」のために、医療界から宗教界に「一緒に頑張りませんか」とメッセージを出したんです。これまで地域包括システムには「共助・公助(統合された専門的支援)」「自助・互助(地域での支え合い)」が必要だと訴えてきました。それに「寺助」が加わる。

元気なうちは人のお世話をし、弱くなったら人の助けを受ける。救済の精神や「生老病死」と向き合うことは、仏教の教えでも同じです。僧侶と門信徒の方々には地域住民に対して、寄り添い、より豊かな人生の最終章を導く役割を担っていただきたいと思っています。2018年9月12日 m3.com地域版